思ったことなど置いてみる

写真とか料理とかバイクとか

これこそが本当の写真、、、?

比較的お歳を召されたカメラマンさんに多いようなのだけど、
1960年代かそれ以前に撮られたモノクロ写真を指して
これこそが本当の写真なんだよ」
的に言われる方が散見される。

そもそも「本当」が何なのかも謎なのだけど、写真であれ歌であれ何であれ「表現」と呼ばれるジャンルに於いて「本当の◯◯だ」「これこそ◯◯だ」のようなものは存在しない。

1960~70年代は、高度成長経済が成熟し学生運動が盛んだった。
写真の世界を見れば、カラー写真が一般に普及したのが1970年代。
それ以前、1960年代まではそもそもモノクロ写真しかなかった。

経済成長、
海外文化の流入
TVラジオの普及に伴うマスコミの拡大等々
生活環境と価値観の大きな変化の中で、もがくように撮られたモノクロ写真たちには確かに凄いエネルギーがあると思う。
時代背景を反映するかのようなハイコントラストなモノクロ写真が多いのも頷ける。

リアルタイムでその時代に生きた人たちにとっては「自らの体験を重ねることが出来る」という意味でそれらのハイコントラストな写真たちは「本物」かもしれないが、それはその人達の都合。

2024年には2024年のリアルがあって、
それは1960年代とは違っていて、
でもだからといって2024年が「本物ではない」というわけではないでしょう。

写真の主体がモノクロからカラーになって写真はカラフルな色彩を手に入れたけれど、現像や印画紙へのプリント工程は複雑化し、手作業から自動化へと移行。
撮った後は「写真屋さん」に出して出来上がってくるのを「待つ」しかなくなった。

出来上がりに不満があっても、細かな注文は出せなかった。
そして自力で(≒自宅で)カラーの現像から引き伸ばしまでを行うのは現実的ではなかった。
※カラー写真のフィルム現像から引き伸ばしプリントまでの環境を揃えることを「一般家庭でも手軽に出来ること」と考える人は皆無でしょう。

そして「自動◯◯」が普及。
自動露出に始まってオートフォーカス等もあっという間にカメラ界を席巻。
レンズも単焦点からズームへと主役が交代。
露出を考えなくても
ピントを合わせなくても
寄ったり引いたりして立ち位置を変えなくても
その場に立ったまま
ズームリングを回して
シャッターを押しさえすれば
綺麗な写真が撮れるようになった。

逆に言えば
「その場に立ったままシャッターを押す」
それ以外の知識や理解や技能を失った。


冒頭で書いた「こういうのが本当の写真なんだよ」としたり顔で語る年配の写真家さん達よ。
こういう流れの中で何か抵抗しましたか?
むしろ「凄い凄い」と礼賛しながら新しい技術を褒め称えてきたじゃないですか。
その結果、
「デジタル写真なんて誰でも簡単に撮れるから」
とか言っちゃう人まで出てくる始末。

でも、そう言いながら
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問)
写真の色温度を上げると写真の色味は

 1.オレンジ(アンバー)に寄っていく
 2.ブルーに寄っていく
どちらでしょう?
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などという基礎的な問いに
「1のオレンジに決まってるやろ」
自信満々に答える人が8割も居たりするわけです。
※私自身のX(旧ツイッター)での実績
※言うまでもなく正解は2です

「デジタル写真なんて誰でも簡単に撮れるから」?

要は「カラー」を自らの手で扱ってこなかったツケです。
そしてデジタルカメラは間違いなくコンピューターですし、いわゆるRAW現像/レタッチアプリなどもITの基礎スキルがないと十分には扱えない。

カラーも分からない
コンピューターも分からない
で、
「写真というのはフィルムでモノクロで撮ってこそ」、、、?

今は2024年で
1960年代とは違うストレスや問題が沢山あって
1960年代とは違うスキルが必要になっていて
2024年なりの叫びがあるわけです。

2024年の若者の表現が1960年代と違うのは当たり前ですし、
1960年代の表現が2024年の世界に無いのも当たり前。

どちらも本物です。
時代背景によって質が変わっただけの話。

俺たちの時代こそが本物だった

そんな「現在を見下すような価値観」

捨てませんか?